仕事として?それとも人間として?

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From:脇田優美子

お客様に真摯(しんし)に向き合う、ということは、経営者ならば誰もが当たり前のこととして思うことでしょう。

ただ、どこまでの真摯さで向き合うのか、について考えたことはあるでしょうか。

今回は、ある会社の発展の鍵となった真摯さをお伝えします。

お客様に向き合う真摯さ

設立して間もなかったある建設会社は、下請け仕事が大半で、自社で受注して建てる戸建て住宅は、わずか年間1棟しかない状態でした。

大手ハウスメーカーから転職してきた情熱的な担当者が、創業者に頼み込んで新聞広告を出してもらい、必死に営業しました。1年目に24件、2年目には30件も契約できました。

ところがここで、ずさんな工事が発生する、というトラブルに見舞われてしまいました。

攻めの営業による無理な受注が原因で、付き合いのなかった職人にまで現場を任せるようになったことが原因でした。

営業担当者は施主から工事現場に呼び出され、

「この家を燃やしてほしい」

と言われたのです。

建築中の工事は、素人目にもありありとわかるほど粗雑でした。
担当者が忙しさのあまり、工事に目を光らせることができなくなってしまったスキに起こった出来事です。

このような事態を目の前にした時、あなたならどうしますか?

住宅というものは、非常に高い買い物です。それにもかかわらず、この営業担当者は、社長に懇願しました。

「この家を、無償で建てさせてください。費用は私個人が借金してでも何とかします」

このことばを聞いた社長は、1000万円を工面し、解体と立て直しを実施しました。

どこまで本気で向き合っているのかが試されるような厳しい現実を目の前にして、営業社員と社長の下した判断と行動は、この後思わぬ展開を見せることになります。

決定的な真摯さ

ドラッカーは真摯さについてこのように説いています。

「商人として必要とされるのは、仕事上の真摯さにすぎない。
しかし、経営管理者である場合、仕事上の真摯さだけでは十分ではない。
人間としての真摯さこそ、決定的に重要である。」(要約)

この営業担当者の決意、「自分個人のお金を投げ打ってでも、まともな家に建て替えて施主に渡したい」という思いは、仕事上の真摯さを越えるものです。

担当者の心の中には、かつて読んだドラッカーのことばが蘇っていたのでした。

施主は、担当者に

「もう一度、君を信じるよ」

と言ってくれたそうです。

新しい家が完成すると、施主は友人を、新規顧客として紹介してくれました。

これを機会に、営業担当者は、セールスの手法もセールストークの内容も大きく変えることにしました。

物件のチラシに、価格を載せるのをやめ、物件の写真を載せるのもやめ、その代わりに、社員の顔写真と、家づくりに込めた思いをメッセージにして載せたのです。

この担当者は、今は社長として年間100棟以上の新築を手がけるまでになっています。

その間、「この家を燃やしてほしい」と言われた施主からは、ずっと新規顧客の紹介が続き、8件もの成約に至ったそうです。

人としてどう生きるか

経営者であるあなたは、人間としての真摯さとは、結局のところ、人としてどう生きるか、という心がそのまま反映されるのだ、ということを肝に命じておく必要があるでしょう。

お客様には、あなたのありのままの姿が伝わります。あなたの生き方がお客様に受け止められ、その後の分かれ道となります。

お客様と距離の近い中小企業だからこそ、社長であるあなたと、あなたと同じ志を抱く社員の真摯さが、会社の未来を決定づけると言っても過言ではありません。

そして、この建設会社のようなトラブルが起きた時に、あなたと社員の本心は試されることになるでしょう。

常日頃、どのような志で生きているのか、人間として真摯に生きているのか、それがすべてと言えるのです。

 

PS
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